貝瀬斉
貝瀬斉
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環境規制強化に伴い多くの完成車メーカーがこぞってEVのモデル投入を発表している。メディアでもEV化という言葉をよく目にする。しかし、生活者は多様である。新しいものに飛びつく人から、伝統的なものを変えるのに抵抗感が大きい人、敢えて伝統的なものに価値を見出す人など、様々な価値観の持ち主により、市場は構成されている。

例えば音楽コンテンツ。配信という便利な手法が生まれて20年以上経つにも関わらず、全ての音楽が配信だけに収斂したわけではない。ドイツでも2015年で配信は5割に達したところである。ネット環境や再生デバイスのバリエーションという環境的な要因もあれば、ストリーミングやダウンロードの方法がよくわからない、手元にモノとしての存在感が欲しい、レコードのような味のある音が好きなど、生活者の好みという要因もあるだろう。2000年当時、音楽業界でもこれからは配信の時代だ、CDなんてすぐになくなるという声も多くあったが、それは誤りだった。

パワトレも然り、新たな選択肢が生まれたからといって、すぐに特定のパワトレに収束するわけではないだろう。確かに環境規制は厳格化していき、その対応策としてのEVは有利な側面もある(それすら、発電段階で生じる二酸化炭素まで含めたWell to Wheelで捉えると、必ずしも効果的とは言えないこともあるが)。しかし、車両を購入するのは生活者である。合理的な価値基準だけで画一的な購買を行うほど単純なものではない。それは中国のように政策の影響力が大きい市場ですら、である。加えて環境的にも、高速走行が多くプレミアムブランドが強いドイツ、定常走行が多くピックアップなど大排気量エンジン車が中心のアメリカ、ストップアンドゴーが多くハイブリッドが多く普及している日本と、市場特性も異なり、環境規制対応に有利なパワトレも異なる。

ゼロベースで移動手段がこれから普及していくわけではないため、これまでに何十年も掛けて形成された生活者の車両に対する価値観や使い方を含めた生活様式は、そうそう簡単には変わらない(もちろん、ロボットタクシーのように移動手段自体を再定義するものが普及すれば、生活者の価値観も変わる部分があるだろうが、こちらも相応の時間を要するだろう)。

だからこそ完成車メーカーも、多様なパワトレを開発して市場に投入している。ガソリン/ディーゼルのエンジン改良はもちろんのこと、ハイブリッド、プラグイン、EV、燃料電池といった電動パワトレ、更にはバイオ燃料もある。

実はバイオ燃料は、オクタン価が高く燃費向上する上、ガソリンにバイオエタノールを混合するため、今のガソリンスタンドの設備で給油が可能である。そのため生活者がパワトレに合せて何かを変えるという負担がなく、受け入れやすい。法律的にも、今の日本ではバイオエタノールの混合率3~10%の燃料については、特段の法改正も必要ない。海外でも、中国では11省区でエタノール混合ガソリンを推進していたり、タイでは12年~21年でバイオエタノールやバイオディーゼル燃料の積極消費を掲げている。こうしてみると、バイオ燃料も電動化とはまた違った規制対応のアプローチになりうるだろう。

いずれにせよ、環境規制強化=EVシフトと捉えるのは早合点である。環境規制は政策や提供者の都合という側面が強く、正論だけを振りかざしても、生活者が納得して市場が動くわけではない。それは結果的に政府や完成車メーカーにとってもメリットにはならない。一方、規制は必要だから強化されているわけで、その遵守に向けて努力べきというのは、提供者も生活者も同じである。いかに現実を見ながら、多様な価値観を持つステークホルダーそれぞれが何とか受け入れうる状況を生み出し、長い時間軸の中でステップアップさせていくか・・・その本質的な問いに取り組む中で、生活者の現実という視点は重要であり、それを踏まえるとパワトレはEV化ではなくマルチ化していくだろう。その中で、コストや工数が膨らむマルチパワトレ戦略を、開発や調達でいかにうまくコントロールしていくか・・・開発費の手当てや管理、開発テーマのタイムリーな取捨選択、固有能力を持つ完成車メーカー/サプライヤー/ベンチャーとの協業など、多面的なアプローチで事業マネジメントしていく能力こそが、競争力の源泉となる。

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