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「レッドガス」時代の羅針盤【第三章】従来型グローバルサプライチェーン設計思想からの脱却

大宮隆之
大宮隆之
プリンシパル / 東京オフィス

顕在化しつつある従来型グローバルサプライチェーンの課題

 
19世紀当時、各国は自国内で完結できるサプライチェーンを構築し、完成品を輸出・国内消費するということが製造業の常識であった。ところが、近代の輸送技術および情報通信技術の発展が、この国内完結型の構造を一変させた。サプライチェーンの要素を切り分け、当該要素を最も効率的に担うことができる地域へ分業させる、すなわち国際生産分業による協調型のグローバルサプライチェーンが構築可能となったのだ。これにより、中国に代表される新興国の経済は大きく発展するとともに、製造業各社は最もコスト効率の良い生産機能の担い手を求め、一意の最適解としての“ゴールデン”チェーンを磨き上げてきた。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の大幅な変動など、需給環境の急変により前提としていたコスト効率の担保が困難となっているケースも多々見受けられるとともに、保護主義思想に伴う貿易摩擦、戦時下に伴う生産撤退など、そもそも当該国での生産自体が困難となる事象も表れ始めている。

また、情報処理能力の格段の向上に加え、RFID・各種センサー・QRコード等によるコネクティッド化は“ゴールデン”チェーンの硬直性に一石を投じている。生産財の精緻な追跡が可能となり、リアルタイムでのサプライチェーンの効率性・付加価値を把握する土台が構築される。これにより、サプライチェーンの組み替え判断を容易に行うことができ、これまでのグローバルサプライチェーンではなしえない、飛躍的な生産性向上が可能となりつつある。

 “ゴールデン”チェーンにおける弱みが表面化する一方、情報技術の高度化による新たな可能性も見えつつある今こそ、新たな設計思想に基づくグローバルサプライチェーンの構築の好機と言えるのではないか。

設計思想の変化の兆し

これら環境変化に追随し、常に競争力のあるグローバルサプライチェーンを構築するためには、その柔軟性をいかに高めるかが重要となる。

①マルチソースの最大活用

地政学的リスクはこれまでにない高まりを見せるとともに、ESGなど多様な観点での評価がなされる中、現状のサプライチェーンとしての担い手を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。このような環境下、足元では生産・調達等各機能の分散化を図る動きが活発化しつつある。

サムスン電子は、2020年末に中国・天津市のテレビ生産をベトナム工場に統廃合するなど、従来の中国中心の生産体制からベトナム、メキシコ、ハンガリー、エジプト等の工場に生産機能を分散化を推進するなど、生産拠点の「脱中国依存」を推進している。これらの取組みが功を奏し、米中貿易紛争や中印国境紛争が中国企業の海外展開に足踏みを強いている中、自社のスマートフォンやテレビのシェア拡大の追い風となっている。

併せて、Qualcommはサプライチェーン安定化の一環として、主要ファウンドリからの供給契約を複数締結しながら、2021年に立ち上がったIntelのファウンドリ部門とも他社に先駆けて契約する等、多角化に積極的に取り組んでいる。加え、EUやインドによる欧州・インド国内へのファウンドリ誘致が行われた際にはそれらの地域のファウンドリを積極的に活用することをCEOが明言するなど、単なるファウンドリの拡大にとどまらず面としての生産ケイパビリティの拡充にも強い意欲を見せている。

グローバルサプライチェーンを取り巻くリスク要因の顕在化は一面的には脅威ではある。しかし、そのリスクを先読みし、競合に先駆けて取組みを行うことで先行者としての機会へと転換することも可能であろう。

②グローバルサプライチェーンへの転換

マルチソースの最大活用の流れの一方で、グローバルでのガバナンスは維持しつつ、地域完結型のサプライチェーンへの転換を図るとともに、柔軟性と併せてローカル毎のスピード感を高めることを狙う取組みも現れ始めている。

実際、Schneider Electricは、Multi-local approachと称し、グローバルサプライチェーンに一定の冗長性を許容しつつ、極力地域単位でのサプライチェーン構築・権限委譲を図っている。また、サプライチェーンをローカル化・短縮化することで、柔軟性・強靭性、ローカルでのデリバリースピードを高めることを志向しており、Gartner社による「Global Supply Chain Top25 2022」においてはグローバル#2にノミネートされている。

加え、BASFは原料調達地に近接した製造拠点を設立し、欧州燃料電池サプライチェーンの域内完結化の取組を進めている。2022年には中国の燃料電池メーカーCATLとの戦略的パートナーシップを締結し、CATLの欧州におけるローカリゼーションを支援することを発表するなど、他社との協業・提携関係も活用した組み換えを推進している。このようなサプライチェーンの再構築に向けた他力の活用も一つのポイントといえよう。

③デジタル化による透明性・フレキシビリティ向上

グローバルサプライチェーンの組み換えを機動的に行うためには、各サプライチェーンでのリアルタイムの状況把握が極めて重要であり、近年の情報技術の高度化がその取組みを強力に後押ししている。

BMWは、EVバッテリー調達地であるコンゴの鉱山での児童労働問題等によるESG観点での責任履行の声が高まる中、サプライチェーンの透明性を確保することなどを目的とした「PartChain」と呼ばれるプロジェクトを拡大していく計画を明らかにした。ブロックチェーン技術に加え「Microsoft Azure」などのクラウドテクノロジーを活用し、コンポーネントのサプライデータを改ざん不可能なブロックチェーン上に記録することで、参加している全てのパートナー間で追跡を可能とするとともに、データ改ざんのリスクも最小限に抑えることを狙っている。

また、Ciscoはアジャイルかつ柔軟なサプライチェーンの構築にデジタル技術を最大限活用している。2017年にハリケーン「ハーヴィー」の影響でヒューストンの製造・物流拠点の大部分が閉鎖した際は、工場をデジタルツインで再現した上で、ハリケーンの影響を受けたすべての注文・原料の入出荷状況を可視化した。それに従い同社は、ハリケーンの影響を踏まえ、どの原料をどの注文に振り向けるべきかといった流通を最適化することで、競合よりもハリケーン影響を低減することに成功した。

加え、同社はサプライヤーのコラボレーションプラットフォームを提供しており、グローバル規模で各サプライヤー同士の在庫状況を可視化することで、ポータルサイト導入前に比較してサプライヤーにおける在庫不足の問題が70%減少したと報告されている。

デジタル技術の最大活用は必須要件と捉えるべきであり、適切な状況把握があってこそ、正しい戦略的な組み換えが実現されよう。

今後あるべきグローバルサプライチェーンの思想

 
これらの動向を鑑みるに、昨今のグローバルサプライチェーンを取り巻く環境の変化は従来型チェーンのもつリスクを表面化させつつある。他方で、競合に先んじた動的ネットワークへの転換は、むしろ事業の成長機会ともいえる。その観点において、今後あるべき思想のコアとなる要素として、以下の3つの視点を提言したい。

1.リアルタイムモニタリングによるリスク・機会の見える化
前述の通り、情報通信技術の高度化に伴うリアルタイムモニタリングの可能性大きく広がりつつある。多様なリスク要因が潜在している中、当該技術を活かしつつ、その萌芽を早期に捉えられるか否かが、グローバルサプライチェーン組み換えの質・スピードに大きく影響する。このような変曲点でこそ、今一度サプライチェーンの管理体制の在り方を見直すことが、競争力向上の一端になりうるのではないか。

2.中長期的な地政学的リスクを見据えたサプライチェーン構想
機動的なサプライチェーンの組換えは理想的ではあるが、対症療法的な改善の積み重ねとなっては、本末転倒である。モニタリングによる短期的リスクの萌芽と、中長期的な地政学的リスク評価を掛け合わせ、最終的に目指す姿の構想を持ちながら、段階を追って組換えを行っていくことが重要である。
また、これら中長期的な地政学的なリスク評価を行っていく上でも、経済安全保障機能を有する組織の新設も一案であろう。

3.他力活用による柔軟性・スピード感の向上
グローバルサプライチェーンの組換えを自力で行うには多大な投資を伴うとともに、場合によっては急速な環境変化の際の足かせともなりうる。BASFの例にもあるように、他力を活用することでスピード感を担保しつつ、柔軟性を高めるという考え方は積極的に取り入れることは、競争優位性の一つのポイントと言える。

製品・サービスという従来の付加価値軸に加え、その背景となる製造工程のグリーン化、レッド性の回避は新たな第3の付加価値軸として捉えるべきである。グローバルサプライチェーンの組換えを戦略的に行い、動的なネットワークを形成していくことはまさにこの第3の付加価値軸の中心であり、当該取組みの継続的な進化が、事業の立体的な価値を最大化することに繋がると確信している。

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