by Steffan Heuer
Photos by Robert Rieger
(英語版より翻訳・編集)
パンデミック以降、個人のメンタルヘルスや人間的な豊かさを重視する企業が、加速度的に増加した。背景にあるのは、個人と組織の関係の変化、医療発達による寿命の延びなどである。現在どのような変化が起きているのか、そして人生をより豊かにするためには、何を研究し、何をすべきなのか。このレポートをぜひともご活用いただきたい。
パーソナル・ハピネス 「個人の幸せ」
パンデミックの今こそ、国民に対して、人生についてどう感じているかを調査する絶好のタイミングかもしれない。国際連合の持続ソリューションネットワークが2021年3月に発行した、第9回世界幸福度報告書では、「国民による生活全般に関する評価項目は、驚くほど回復した」と、結論が打ち出された。また、コロナの不安があるにも関わらず、ランキングの順位は入れ替わることはなく、安定した社会的枠組みを持つ北欧諸国が上位を占める結果となった。
パーソナル・ハピネスに関する研究を通してはっきりしてきたことは、日常生活の中で過ぎゆく不安とは、ほとんど関わりがないということだ。個人の幸せの決定要因は、あらゆる客観的・主観的な尺度が複雑に絡み合っている。例えば、社会経済的な安定を示す発達指標から数値化されたポジティブ心理学の側面などが含まれている。国連、OECD、欧州連合などの世界的な機関が、市民の感情について、定期的に数値化して集計しているという事実は、個人の幸福がもはや自己啓発用語ではなく、主流の課題の取組の一環であることを示している。
ポジティブな考え方がいかに人生を変えるか。その啓発活動を積極的に行っているのは、元ハーバード大学講師のTal Ben Shahar氏だ。ネガティブな気分や感情は人間だれしもが抱くものだが、Ben-Shahar氏は、うまくいっていることに焦点をあて、そこからポジティブな感情を培うことを勧めている。
「人は本来、快楽を求め、苦痛を避ける。その一方で、問題点に目を向ける傾向も強い。感情や幸福というものは、伝染しやすいのです。受け取ると、人はより寛大に、より優しくなれる。幸せは、地位や年収ではなく、心の状態に大きく左右されるもの。もっとも信憑性の高い幸せの兆しとなるのは何か。それは自身のことを大切に思ってくれる人たちと時間を過ごすことです」
GDPの向上よりも国民の幸福を優先させる方向に舵を切った国も多い。特に、若者の幸福度に重点が置かれている。The Happiness AllianceのLaura Musikanski教授は
「この動きは、サステナビリティ政策の延長線上にあります。幸福度を客観的に数値化して測定し、政策の策定や組織の判断など、あらゆる場面に応用する方法を研究・開発しています。国民の雇用の安定、収入の安定、そして地域社会でどれだけ安心できるかが重要なポイントだ」と説明する。
Musikanski教授は、三度目の「Wellbeing Budget(幸福予算)」を発表したニュージーランドや、同様の取組を実施しているフィンランド・アイスランド・スコットランド・カナダを指摘する。多くの経済学者や政治家たちは、経済指標と個人の幸福の間に強い関係性があることを実感している。
組織の幸福度について
スタンフォード大学のJeffrey Pfeffer教授は、2018年に出版した『Dying for a Paycheck』の中で、現代の職場に対する深刻な状況を指摘した。2021年のWHOの調査によると、世界で年間75万人が過労死していると推定している。そして、組織におけるスタッフの幸せについて何をすべきかというPfeffer教授の率直な見解についても、希望に満ちているものではないようだ。
「私はデータマニアですが、今まで見たあらゆる情報のすべてが示唆しているのは、パンデミックが事態を悪化させたという事実です。うつ病やストレスの危険因子、経済的不安、解雇、女性の社会進出、仕事と家庭生活の両立、これらすべてが加速したのです」
一方で「組織の幸福」と呼ばれるものへの関心は高まっており、より多くのCEOや組織がそれについて語り、行動でフォローアップを実施するようになってきている。
こうしたフォローアップは、無料ヨガのレッスンやオンラインセラピストのサービスなどではない。社会変革を目指す世界的な連合体、The Wellbeing ProjectのAlana Cookman氏は、このフォローアップのことを次のように定義している。「組織設計と運営の中核に人を据える。組織にとって継続的なプロセスと実践である」身体的・心理的安全性、公正な賃金や福利厚生、成長の機会、学習の機会、スタッフの能力や貢献が認められることなどを意味している。
組織における社員の「心理的安全性」には、次のようなものがある。社員に仕事に対するオーナーシップを与えること。組織の意思決定に関与できること。意見を述べる機会を与えられること。一人ひとりが信頼と尊敬を育み、創造性と協調性を発揮できるようにすること。こうした行動は、イノベーションを生み出すことに繋がる可能性もある。
企業文化の中心に組織の幸福を据えるには、小さなことから始めるべきだと、Cookman氏は勧める。まずは、定着率や燃え尽き症候群になる職員の確率などの項目の指標を追跡する。そして、ウェルビーイング・行動主体性・ワークライフバランスなどの専門家たちに依頼することだ。組織のウェルビーイングのような概念は複雑であるため、数年かけて小さな変化を起こし、スタッフや社内のリソースに負担をかけないようにすることがより効果的である。
Cookman氏は、パンデミックによって、組織における機能不全や不公正な慣行を可視化することができたのは、有益だったと考えている。Pfeffer教授は、これからの変化の兆しとして、若者の価値観の変化を指摘する。
「新しい世代の若者たちは、メンタルヘルスへの配慮がないような組織で働き続けることを選ばないでしょう」