東南アジアのイスラム市場
東南アジア人口の約半分である3億人近くはイスラム教徒だ。東南アジア攻略を検討する際には、イスラム市場をどう扱うかは大きい論点のひとつである。イスラム市場を狙うためには、ハラル認証であったり、イスラム金融といった個別対策が必要なものも多い。
これら見えやすい要素だけでなく、価値観や購買習慣といった捉え辛いところにも宗教上の影響はある。それらがイスラム攻略のハードルを更に高めている。その中でも、ここ最近注目も高まっているのは、イスラムに向けた高価格帯商品のブランド戦略だ。
現状、東南アジアの富裕層は約700万人だが、2030年には2,500万人近くにまで増えると言われている。これは同じく2030年の日本の富裕層を上回る規模だ。弊社の試算によると、そのうちの30~40%はイスラム教徒が占める。今後、高価格のブランド商品を東南アジアのイスラム市場にどう売っていくかは重要なテーマになるだろう。実際、弊社にも日系・非日系問わずハイブランドから関連する相談は既に増えている。
イスラムレベルによるセグメンテーション
同じイスラム教徒と言っても中東圏と東南アジアではその戒律の厳格さは異なる。メッカから地理的に離れている東南アジアでは、一般的に戒律は寛容だ(注:戒律の強さが信仰の強さを表すわけではない)。表面上わかりやすいのはヒジャブのスタイルだろう。中東の女性イスラム教徒の多くはヒジャブで顔のほとんどを覆っている。一方で、東南アジアではファッショナブルにヒジャブを‟着こなす”ことも珍しくない。
また、イスラム教の差異は東南アジアの国間にも存在する。東南アジアのイスラム市場と言っても具体的にはインドネシアとマレーシアの二か国だ(イスラム教徒が国の人口に占める割合は、インドネシアが86%、マレーシアが62%。この二か国で東南アジア全体のイスラム教徒人口の実に96%を占める)。東南アジアと中東でイスラムに差異があるように、インドネシアとマレーシアでも違いがあるわけだ。
更にはインドネシア、マレーシアそれぞれの国の中にもセグメントによってイスラム教の程度差はある。弊社はこの二か国のイスラム教徒に対して、「ブランド商品に対する価値観、購買行動の差異分析」を行った。ブランド商品購買に際して、「イスラム固有のデザインを好む」、「イスラム金融を利用して購買する」、「イスラム教徒コミュニティーでの推奨を重視する」等、多面的な質問を投げかけるアンケート調査を行った。
この調査結果から、ブランド商品購買においてイスラム教がどの程度の影響をもたしているかを分析。それを元にイスラム教徒を4セグメントに分類した。すなわち、購買行動におけるイスラム教の影響の強さによって、下からイスラムレベル1、2、3、4としていった。
イスラムレベル1は、イスラム教徒と言えど、ブランド商品の購買にイスラム教の影響をほとんど受けていない層だ。WebやTVCM等、他の一般消費者と変わらないブランド認知経路を取り、欧米ハイブランド含めあらゆるブランドが購買選択肢に入る。ブランド側としては、彼らに対して固有の戦略を打つ必要は全くない。
イスラムレベル2は、マーケティング観点で特有施策を打たなければアプローチが難しくなってくる層。イスラム教徒のインフルエンサー活用や、地場のイスラムコミュニティーへの売り込みが必要になる。
イスラムレベル3になってくると、製品そのもののカスタマイズが求められる。セカンドラインとして、イスラム顧客に向けたインハウスブランドを持たなければ獲得し辛くなってくる層だ。例えば、マレーシアのジュエラーである「ポーコン」はイスラム顧客向けのセカンドラインとして「ブンガラヤ」ブランドを展開。華僑系に向けたメインラインとデザインやプロモーションを明確に区分している。
更にイスラムレベル4になると、マザーブランドとしてイスラムに特化しなければ彼らに浸透させることは難しい。同じくマレーシアのジュエラー「ハビブ」がまさにそれだ。古くからイスラムコミュニティーに入り込み、商品デザインはもちろん、ブランド自体がイスラム布教に向けた広告塔になっている。マレーシアのイスラムレベル4の消費者は、婚約指輪や結婚指輪といった重要な意味を持つジュエリーではハビブを選ぶ傾向が極めて高い。
日系ブランドにとっての東南アジアイスラム市場の魅力
では、インドネシア、マレーシアでそれぞれのセグメントがどの程度存在するか。実は、イスラムレベル3、4に該当する消費者は東南アジアには少ない。インドネシアのイスラム教徒の内、19%、マレーシアでは24%のみがイスラムレベル3、4にあたる(図表2)。
全体としては、イスラム教が国教に定められているマレーシアのほうが若干、イスラムレベルは高い。だが、そのマレーシアでも、マーケティングをうまく工夫すればセカンドラインを持たなくても充分リーチ可能な層が8割近くを占めるのだ。もちろん、プロモーションを間違えてしまい、イスラムブランドというイメージが付いてしまうと、華僑顧客へのネガティブな影響も起こり得る。慎重な検討が必要であることは間違いない。
一方、冒頭に示したとおり、イスラムの市場規模としての魅力は今後高まってくる。また、プロダクトアウト志向の欧米系ハイブランドが「イスラムに寄せてくる」ことは考えにくいことも考慮すると、日系ブランドにも勝算は充分あるだろう。加えて、東南アジアでのイスラムビジネス経験は、中東のイスラム攻略の橋頭保とすることも可能だ。これら踏まえると、東南アジアイスラム市場は日系ブランドにとって検討の価値ある市場だということは間違いない。