自動車業界における未来の動向を表す「CASE(ケース)」。Connected、Autonomous、Shared、Electricの頭文字を取った言葉が示す通り、テクノロジーの進化によって自動車は多様な価値を提供できる「モビリティ」へと変化しつつある。
あらゆる場所で料理を提供する、仕事場として活用する、災害時に電力を供給するなど、モビリティが担う機能や役割は広がっている。それに伴い、ビジネスにおいても新たなエコシステムを構築し、事業をつくることが求められている。
2022年4月13日に開催されたウェビナーでは、「変革するモビリティ領域で求められる両利きの経営」というテーマのもと、ローランド・ベルガーの山本和一、アスタミューゼの齋藤望氏が登壇。
自動車業界は既存事業を「深化」させながらも、新規事業の「探索」に迫られているという。この深化と探索からなる「両利きの経営」が今後を占うポイントだ。ウェビナーより、業界における今後の動向と、それぞれを推進させるための要点をまとめた。
5つのエコシステムを切り口に、水平分業型ビジネスが興隆
ウェビナーは二部制で催され、前半はローランド・ベルガーの山本がモビリティビジネスにおける今後の動向や、「両利きの経営」を考えるためのポイントについて語った。
既存の自動車OEM・サプライヤーは、設計、製造、アフターサービス、中古車販売など一連のバリューチェーンを担ってきた。しかし、自動車が担う機能や役割の変化に伴い、「自動車を主語にせず、5つの切り口でビジネスを捉えるプレイヤーが参入してきている」と山本は述べた。
【5つのエコシステム】
1.シャシーエコシステム
2.エネルギーエコシステム
3.運転支援・自動運転のエコシステム
4.車室空間エコシステム
5.顧客接点エコシステム
エコシステムの詳細は、こちらの記事を ご覧ください。
従来は、自動車OEMが様々なサプライヤーから供給される部品を活用し、自動車の開発・製造を担っていた。しかし、昨今では水平分業型ビジネスが興隆し、5つのエコシステムそれぞれに得意分野を持つサプライヤーを組み合わせ、1台の自動車を製造している。
「例えば、ソニーは一部のエコシステムをサプライヤーに任せ、他社と技術提携しながら自社で製造している。ただし、顧客接点に関してはソニーのブランド力を最大限に活用して、ビジネスを加速させている。また、自動車領域において様々な製造技術を持つマグナ・インターナショナルは、VinFastやFisker、ソニーなど自動車領域の新興プレイヤーにシャシーエコシステムを提供している」
では、具体的にどのような戦略が想定できるのだろうか。山本は「ローランド・ベルガーでは、3つの戦い方があると考えている」と述べた。
1. エンドユーザーの価値提供を起点にモビリティを企画・開発する:異業種プレイヤーが自ら提供している価値をモビリティに応用し、コンセプト発表や企画・開発を行う。
2. 標準・汎用シャシーを供給しスケールを狙う:部品単体で販売するのではなく、走る・曲がる・止まるを担うシャシー全体をカバーする。
3. モビリティを適用先の1つとして特定モジュールで尖る:モビリティ全体を担うのではなく、専業プレイヤーがモビリティ領域を一つのビジネス機会と捉える。
自動車メーカーは既存事業で収益を確保することはもちろん、変化するマーケットを捉えて新たに事業創出することも欠かせなくなっているのだ。まさに、既存事業の深化と新規事業の探索という「両利きの経営」を両立させることに他ならない。
両利きの経営に求められる、アセットの活用法
次の経営課題になる「両利きの経営」の実現について、山本は「それぞれ独立したものとして考えるのではなく、既存事業で培ってきた組織的能力や技術を、新規事業の探索に活用しながら両立させていくことが大事」と語る。
また、「両利きの経営」を実現するためには、企業のパーパスを中心に据えた組織カルチャーの醸成・浸透も不可欠だという。では、どのように組織カルチャーを醸成・浸透させるべきか?
山本は「トップダウンによる方向性の提示を行う。ただし、それだけでは組織全体に浸透せず、空回りする可能性がある。だからこそボトムアップによるトライアルを実施し、小さな成功体験を積み重ねることが必要だ」と述べた。
「新規事業の探索」における2つのアプローチ
ウェビナー後半ではアスタミューゼの齋藤氏から「“新規事業の探索”へのアプローチ」について2つの手法が語られた。
一つは「特許の牽制・引用関係に基づく用途展開先の探索」だ。
アスタミューゼでは、他社が自社の類似技術を特許申請した際に拒絶される「牽制」を起点に、事業アイデアを発散していくアプローチを取っている。
「例えば、ある自動車部品メーカーが保有している排ガスに関連した技術特許が、飲料メーカーによる類似技術の特許申請を牽制していることが判明した。この牽制関係を見ることで、排ガス市場に技術を活用しようと思っていたものが、飲料市場にも活用可能であることがわかる」と齋藤氏は述べる。
さらに、アスタミューゼでは独自に定義した「2030年の有望成長領域」と、企業の特許や類似技術の牽制・引用関係を整理し、技術の用途展開先を網羅的に探索している。齋藤氏は、パナソニックの例を紹介した。
「パナソニックが持つ『走行経路案内装置』という技術を活用し、牽制事例のある福祉車両・バリアフリー車領域における用途展開を検討した。背景として、超高齢化社会に伴い、電動車椅子の市場は大きく伸びると予測される。また、モビリティ領域に近いことから自社の強みを発揮しやすい。そこで、『安全性が高く操作が容易な自動走行車椅子』という別の分野にも応用可能なのではないか、と判断した」
アイデアを発散したら、明確な評価軸に従って、優先順位をつけて取り組むべきことを選んでいく。その際には「例えば、市場の魅力度、実現可能性、参入余地等の観点から、事業の有望性を相対的に評価する」という方法がとれる。
まずは優先度の高いアイデアを決定し、事業を実現するために必要な構成要素を整理する。そして、必要なアセットを有していない場合、オープンイノベーション、M&A、共同研究先の対象として有望プレイヤーを探索する。
“新規事業の探索”へのアプローチとして、もう一つ「未来予測に基づく萌芽探索」という手法を紹介したい、と齋藤氏。「適切に未来予測できている企業は少ない。なぜなら、既存事業や技術への投資が大きいほど、想い入れのバイアスがかかりやすいからだ。また、既存事業と今後融合していく産業や技術に対し、知識の壁がある。結果、既存事業の延長に未来を予測しがちだ」と指摘する。
そこで、アスタミューゼは、バイアスを排除したデータドリブンなアプローチを開発。その手法の一つである「中⾧期的にプレイヤーチェンジを起こす可能性のある技術を予測する方法」を紹介した。特許、論文、グラント(研究開発に対する助成金)等のデータソースを用いて、対象技術の母集団の動向をキーワードに基づいて分析し、特徴的なキーワードを抽出するのだ。
「抽出には2つの方法がある。一つは、対象技術の母集団を文書の特徴に基づいて機械的にグループ分けし、各グループに特徴的なキーワードから萌芽の可能性があるものを抽出する。もう一つは、対象領域の母集団とそれを含む広範囲な技術領域の母集団を作成し、そこに含まれるキーワードの出現頻度を比較、対象領域において出現し始めた特徴的なキーワードを抽出する。これらのキーワードのデータソースごとの時系列変化を機械的に可視化したのち、専門アナリストの知見も活用して有望な萌芽技術と応用の方向性を考察する。」
齋藤氏によれば、これらの方法を用いることにより、2050年の脱炭素社会に向けた有望な萠芽技術と応用の方向性を、定性的に予測し得るという。
ウェビナーでは「両利きの経営」をテーマに、今後の自動車業界におけるビジネスの展望が語られた。特に、既存事業を深めるだけでなく、既存のアセットを活用し、いかに新規事業を創出するか。そこにこそ、これからの命運を分ける道があるのだ。