エンターテインメント

左脳的アプローチにより「金融商品化する」エンターテインメント

プリンシパル/東京オフィス

筆者は、過去にはコンテンツメーカーとして、現在ではコンサルタントかつファンの一人として、音楽・映像・ゲームといったエンターテインメント(以下、エンタメと表記)業界と長らく接点を持ってきた。

エンタメは、ここ四半世紀の間にも、インターネットの浸透、スマートフォンの普及、所有からサブスクリプションへの変化、近年ではXRやX to Earnモデルの登場など、その有り様を変える大きな出来事を経て進化し続けている。そして、今、エンタメ企業としては無視できない潮流として「左脳的アプローチ」の浸透が挙げられる。

本稿では左脳的アプローチと、それがもたらす影響と向き合い方について考察する。

左脳的アプローチの浸透

 
右脳的アプローチの専管領域とされてきたエンタメ業界においても、左脳的アプローチが浸透しつつある。

これまで、エンタメ業界では作品がヒットとなるか否かを事前に予測することは難しく、事業者は作品制作とプロモーションに博打的要素も含んだ投資を行ってきた。しかし、足許ではサブスクリプション・サービスの普及などに代表されるデジタル化の進展により、ヒット作品の解析、作品リリース前の期待値とリリース後の反応、その作品が持つ今後のポテンシャルについて、高い精度で分析が可能となってきている。それらを作品がヒットする確率を高める制作へフィードバックするサイクルが生まれつつある。

音楽においては、株式会社NTTデータが脳波計測を用いたAI分析により、将来の音楽トレンドを予想する技術の開発を進めており、実際に楽曲ランキングの予測に成功している。また、株式会社ソケッツは楽曲リリース後のWeb上での反応を分析し、さらなるヒットに向けたプロモーション施策の提案に繋げている。(図表1)

さらには映画、小説、漫画といった幅広いカテゴリで、AIによる制作が成果を生み始めているのだ。

世界で初めて成果に結びついた例としては、2016年にロンドンで開催された映画コンテスト「SCI-FI-LONDON 48 Hour Challenge」にて、AIが脚本を書いた短編映画『Surprising』が100以上の応募作品からトップ10に入ったことが挙げられる。国内においても2022年には、四半世紀の歴史ある「アメリカン・ショート・ショート・フィルムフェスティバル」において、AI脚本家による『少年、なにかが発芽する』がオンライン会場のオープニング作品として世界配信されることが決まっている。

音楽においてはAIによる自動作曲の試みも開始しており、今後は制作面においてもさらなるデジタル化の進展が期待されている。(図2)

左脳的アプローチで「金融商品化」するエンターテイメント 

 
テクノロジーの伸長で左脳的アプローチが可能となったことで、ヒットの確率が高まり、なおかつビジネスとしての伸び代が予測できるようになることは、作品への投資対効果がより見込みやすくなることも意味している。実際、近年のエンタメビジネスに対しては、エンタメ企業のみならず、投資会社の参入も目立つようになってきている。エンタメが投資に対するリターンの見込みが立つ金融商品として捉えられてきた証左と言えるだろう。

音楽、映画、テレビ番組、ゲームといったコンテンツIPへ投資するファンド企業が存在感を増している。特に音楽業界については、これまでメジャーレーベル系の音楽出版3社(Sony Music Publishing、Universal Music Publishing、Warner Chappell Production Music)が寡占的に楽曲著作権を取得していたが、金融色の強いプレイヤーが続々とカタログ売買に参入している。

中でも音楽専門の投資ファンドとして注目すべきは、英国のHipgnosisである。2018年の設立後、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやニール・ヤングなど、大物アーティストの楽曲著作権を一気に買収。売上高も前年比66%増の約150億円(2020年度)と急成長した。成長の背景としては、社内のデータアナリストによる高精度な楽曲分析・評価や、法務専門家も交えた価格交渉能力が挙げられる。

2021年には、大手投資ファンドのBlackstoneもHipgnosisを通じて楽曲著作権に約1200億円を投資。今後も幅広い金融系プレイヤーによる積極的な投資が予想される。(図表3)

左脳的アプローチに対するファンの心理

 
一方で、このようなエンタメにおける左脳的なアプローチの浸透は、ファン心理を害するものになるのではないか、という疑問も浮かぶだろう。結論としては、一概にそうとは言えない。

多くのファンを獲得していけるか、はたまたファンに見限られるか。それを分かつ重要なポイントは「左脳的アプローチを使いこなせるか」である。データ分析一つとっても、それが十分な示唆を抽出できる設計になっているか、抽出された示唆からファン心理をくすぐる施策へ具体化していくか。ここにはまだ大きくクリエイティブの役割が存在している。

たとえば、ファンの反応をSNSを始めとしたデジタル領域で的確にキャッチし、常に改善する「パリパリ(※「早く早く」の意)」なアップデートで、世界を席捲する韓国エンターテイメントは、まさに左脳的アプローチをクリエイティブに使いこなしている好例だ。左脳的アプローチを土台にしつつも、ファンに寄り添う体温の感じられるコンテンツに仕立て結果として、熱狂的かつ大きなファンの心を捉え、ビジネスとして成功していることは言うまでもない。

エンタメビジネス経営の新たなスタートライン

 
これらの変化はエンタメ企業の経営に対するインパクトも大きい。コンテンツの投資対効果が予測できるようなれば、コンテンツ・ポートフォリオの最適化にもつながってくる。

実際、筆者の支援実績でも、音楽を中心とした総合エンターテイメント自社保有コンテンツのビジネスの伸び代を推計し、早期にポテンシャルの乏しいコンテンツに投下されていた投資を止めることで、ポテンシャルのあるコンテンツへ投資をシフトできたのだ。結果として、財務の安定とビッグヒットへの投資最大化を同時に実現した。

それに加え、前述の通り、投資会社からの注目を背景にした資金流入が増加している業界である。ビジネスポテンシャルのさらなる飛躍が見込めるはずだ。。

エンターテイメント企業において左脳的アプローチを使いこなす経営は、一過性のものではなく、これからの新たなスタートラインとなっていくであろう。

 

共著:大熊遥(コンサルタント / 東京オフィス)

 


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