2021年10月にフェイスブックが社名をメタ(Meta Platforms)に変更したことを契機に、「メタバース」への注目が高まっている。メタ以外にも、アップルやマイクロソフト、ディズニーといった名だたるグローバル企業でもメタバースシフトを公表しており、今や一大ムーブメントとなっている。
現状では、ゲームやイベントといったエンターテイメント業界との親和性が注目されているが、今後は「産業用メタバース」として製造業など幅広い産業分野への応用も加速していくだろう。今回は、メタバースのポテシャルと、製造業へどのようなインパクトをもたらし得るのか、考察する。
メタバースとは何か
メタバースの定義
メタバースという言葉は「卓越した」という意味を持つ「メタ(Meta)」と「世界」という意味を持つ「ユニバース(universe)」を組み合わせた造語で、米国のSF小説「スノウ・クラッシュ」に登場するインターネット上の仮想空間がルーツと言われている。
一方、メタバースの概念には明確な定義はなく、10人いれば10通りの解釈があるのが現状である。一般的には、「フォートナイト(Fortnite)」などのオンラインゲームに代表されるような、「現実世界と同等のコミュニケーションや経済活動を行うことができる仮想世界」のことを指しており、本記事ではこれを狭義のメタバースと呼ぶ。
広義のメタバース(AR/VR/MR/デジタルツイン)
上述した、現実には存在しない仮想世界を表す狭義のメタバースから、もう少し概念を拡張したものを広義のメタバースと呼ぶ。
広義のメタバースには、IoT等を活用してリアル世界の情報を収集し、現実世界を仮想世界に再現するデジタルツインや、そうした仮想世界と現実世界を繋ぐ技術としてAR/VR/MRなどが存在する。
メタバースにおけるよくある誤解
メタバースはゲーム業界だけという誤解
メタバースは、オンラインゲームを中心に発展してきたという背景があるため、現状ではゲーム業界でのムーブメントとして捉える見方も多い。
しかしながら、コロナ禍による行動制限といった追い風も受けて、エンターテイメント業界を中心にその取組みは多様化している。具体的には、バーチャル上での音楽イベントなどの開催に加え、小売り企業でのECサイトとの連携などの取組み事例があり、あくまでもゲームはメタバースの入口に過ぎないというのが正しい見方だろう。
さらに、昨今では「産業用メタバース」として、B2B領域への浸透も加速しており、製造業・メーカーにとっても、メタバースはもはや他人事ではなくなってきている。
産業用メタバースの成長ポテンシャル
では実際に、産業用メタバースにどれくらいの市場ポテンシャルがあるのか見てみたい。広義のメタバースであるVR/ARだけでも、日本国内でのGDP押し上げ効果は、2030年に約17兆円に達するとの試算もある。
また、活用される用途としても、製品・サービス開発におけるプロトタイプ作成や、従業員のスキルアップや能力開発、さらには機器の修理・メンテナンスといった業務改善など実に様々な用途が想定されている。
製造業のトップも更なるメタバースの取組み拡大に前向き
こうした背景もあり、製造業においても企業トップがメタバースへの取組み拡大に積極的な発言をするなど、製造業での注目度もますます高くなっている。
製造業におけるメタバースの取組み
製造業におけるメタバースの取組み全体像
ここで改めて、製造業におけるメタバースの取組みを見ていきたい。
下図では、広義のメタバースであるAR/VR/MR/デジタルツインと狭義のメタバースである仮想世界における製造業での活用事例を基に、8つの提供価値・機能に分類した。
具体的な活用事例は後述するが、これら8つの価値・機能を縦軸、サプライチェーンを横軸に取り、さらに既存の取組数の大小に応じて濃淡をつけ、ヒートマップ化したものが以下である。
このように全体の取組みのトレンドを俯瞰すると、製造業における広義のメタバースの発展の方向性として、以下3つのトレンドがあると考えている。
① 体験先行による開発・製造・販売サイクルの加速
VRやARを活用した情報の見える化による作業者の支援や、VRモックアップによる課題の洗い出しなどを通じた開発・製造の効率化はこれまでも行われてきたが、近年ではより「体験」にフォーカスした取組みが進んでいる。具体的には、製品シミュレーターを通じて試作段階で製品を体験することによってより顧客視点に沿った製品開発プロセスを経ることや、顧客自身がVR上で製品を体験することで購買ハードルを下げる取組みなどがある。
また体験自体も従来の視覚重視の体験に留まらず、聴覚や触覚といった五感全体での体験をサプライチェーンに組み込む動きもあり、今後はこうした体験ドリブンな製品開発がより進んでいくだろう。
② ヒト・モノの先読み、先回り
デジタルツインの活用では、デジタルツイン上でのシミュレーションによる製品ラインの最適化や、製品の予知保全の取組みが活発である。現在では、製品や製造ラインといった部分的なデジタルツイン化からバリューチェーン全体に範囲を拡大する動きや、静的なデータのみならず天候や人流、交通データといった動的データもリアルタイムで取り込むことでシミュレーション精度をさらに向上させる取組みも進んでいる。
また、これまではデータ化が難しかった人の意識や概念などもAIの発達に伴ってデジタルツイン化する動きもあり、顧客需要の精緻化や集団での合意形成の迅速化などへの活用が期待されている。
こうした動きが今後さらに加速すれば、リアル世界をそっくりそのまま仮想世界に再現する「ミラーワールド」も実現するかもしれない。仮にミラーワールドまでは到達しなくとも、あらゆるデータを取り込んでシミュレーション精度を向上させることができれば、リスクを事前に回避することや、事業の成功確度を飛躍的に上げることができるようになるだろう。
③ オープンコラボレーション
狭義のメタバースである仮想世界での取組みについては、現状では仮想世界のショッピングモールとECサイトを連携させることによる販売チャネルの拡大や、バーチャルイベント等を通じたコミュニケーションなどに限定されている。一方で、今後メタバースの飛躍的な拡大に伴って、製造業・メーカーにとっても仮想世界は重要な顧客タッチポイントの場になると想定される。
このようなタッチポイントを活かした双方向の密なコミュニケーションやファンコミュニティ形成が進めば、コミュニティと一体となった製品開発などメーカーと消費者とのコラボレーションが進み、その結果ファンが増え、さらにコラボレーションが進むという正の循環を作ることも可能となる。また、従来のような製品売り切りの事業モデルではなく、様々なタッチポイントを活かしたマネタイズなど事業モデルの変革も必要となってくるだろう。
製造業におけるメタバースの先進取組み事例
こうした3つのトレンドを確認した上で、それぞれのトレンドにおける製造業での足元の取組みについて、具体例をまとめた。今後の自社での取組み検討時の参考としていただきたい。
① 体験先行による開発・製造・販売サイクルの加速
② ヒト・モノの先読み、先回り
③ 仮想世界への拡張
メタバースの未来と日本の製造業での取組み意義
最終的には現実世界と仮想世界の主従関係の逆転も
メタバースの拡大に伴って、主要デバイスが現在のPCやスマートフォンから、VRデバイスに移行していけば、そこから取得できるデータは量・質ともに大きく向上すると言われている。
スマートフォンでは、視聴ページやタップ操作などの限られた情報しか得られないのに対し、VRデバイスでは仮想世界での一挙手一投足に加えて、VRデバイス内での視線の動きにもアルゴリズムを適用させることが可能で、より解像度を上げて人々の行動を予測できるようになる。
こうしてアルゴリズムが超高性能化していけば、デジタルツインのように現実世界を仮想空間に作りだしてシミュレーションするのではなく、そもそも仮想世界上で最初に作られた空間やアルゴリズムの中から良いものだけを現実世界に再現していくという流れができるだろう。
まさに現実世界と仮想世界の主従関係が逆転し、これまでの現実世界起点の製品バリューチェーンが、仮想世界起点のバリューチェーンへと変革していくだろう。
日本の製造業がメタバースに取り組む意義
現状を考えれば、上述したメタバースファーストな世界が到来するには、まだしばらく時間がかかるかもしれない。しかしながら、今からメタバースファーストな世界に備えてバックキャストで対応していくことが重要である。
すでに現状においてもメタバースを活用することで精度の高い予知保全やシミュレーションによるリスクの事前回避など、日本の製造業では、欧米企業に先んじて社会実装しているソリューションも多い。このため、今後さらに産業メタバースへの取組みを加速させることで、製造業において世界をリードする立ち位置にもなり得ると考えている。
また顧客コミュニティの観点からも、日本の製造業においては、メーカー目線の一方的な製品開発だけではなく、顧客やインフルエンサーを活用したオープンコラボレーションが進んでいる。こうしたオープンコラボレーションの文脈においても、新たなタッチポイントの創出やファンコミュニティの拡大などでメタバースの利用価値は非常に高く、日本の製造業復権に向けた足掛かりとしても活用できるのではないだろうか。
共著:佐藤美帆(プロジェクトマネージャー / 東京オフィス)
髙倉和也(コンサルタント / 東京オフィス)