アジア モビリティ・自動車

中国におけるBEV普及・海外進出加速に示唆される日本自動車産業の未来

鮑                            睿杰

鮑 睿杰

プロジェクトマネージャー/東京オフィス

中国自動車市場の“今”

 
中国における国内新車販売台数は、2017年まで2桁の年平均成長率で成長し続けてきたが、 2017年以降は減少傾向に転じた(図表1)。一方、NEV(新エネ車:PHEV(プライグインハイブリット車)・BEV(電気自動車)が中心)の販売台数は拡大を続け、2021年にはその傾向がより一層加速している(図表2)。

今年のNEVの生産・販売台数については、前年比で約70%増の各600万台以上にまで成長するとの声も多い。NEVが今後の中国自動車市場を牽引していくと言っても過言ではない。

中国のNEVにおける現状と今後

 
中国は、2010年頃からNEVを次世代の注力産業の1つとする方向性を見定めた。購入に対する補助金制度やNEVに特化したナンバープレートの優先取得制度、自宅へのEV充電設備設置への政府による支援等、購入から所有における様々な優遇施策が用意され、2017年までのNEV市場を牽引した。

2017年以降、中国NEVメーカーの技術的な成熟による航続距離やデザイン性の向上、車内エンターテインメントの充実等でより多くの消費者にNEV(特にBEV)は受け入れられるようになった。2019年に上海に工場を建設したアメリカのTeslaや中国発の新興BEVメーカーのNIO・ Xpeng等が相次いで参入したことも、NEV販売台数増に大きく貢献した。実際、2021年のNEV販売台数は2020年より2倍以上増加している。

上記のように、短期的には中国市場でBEVの普及は更に加速する一方、中長期的に見れば競争激化に伴い国内市場が飽和状態となり、普及速度が鈍化に転じる日も来ることが予想される。中国国内市場での激しい競争も見据え、中国系BEVメーカーは今のうちから海外市場にも目を向けている。

中国がBEVの世界最大の海外輸出国へと成長

 
現在、中国がBEVの輸出国として最も存在感を高めている。実際に、今年中国のBEVメーカーBYDが日本の自動車市場に進出し、最新モデル3車種を発表したことも記憶に新しい。2021年の中国からの海外への輸出台数は前年比+159%増の約50万台となり、ドイツやアメリカを上回り世界最大の輸出国となっている(図表3)。

中国BEVメーカーが海外市場へ進出する理由としては、先述した中国国内市場における競争激化の他にも、更なるBEVの開発費確保のための売上拡大、従来のガソリン車に強いOEM(日系自動車メーカー等)がBEVへのシフトに躊躇している間に海外市場でのプレゼンスを構築/向上させたいという意向が含まれる(図表4)。

中国BEVメーカーの最優先進出市場:欧州(特にノルウェー)

 
多くの中国BEVメーカーは最初の進出先として欧州を選択しており、その理由は大きく3つある。

①高いBEVへの受容性(新車販売における高いBEVシェアと充電装置の充実度)
②「脱炭素」政策の強い推進力と充実したBEVに対する優遇施策
③欧州系自動車メーカー(OEM)のBEV生産の出遅れによる需給ギャップ

特に、欧州の国の中でもノルウェーが最初の進出市場として選ばれているケースが多い。ノルウェーは欧州諸国の中でBEV普及率が最も高く、2021年上半期の新車販売台数の内NEVのシェアは82.7%以上であり、中でもBEVのシェアは57.3%だ。

また、充電設備が他国に比べて全土に多く整備されている。そして、NEVメーカーに対する優遇施策も充実している。例えば、自動車OEMへの減税施策やNEVに対する駐車場の利用無料/割引、高速道路の使用料割引等、自動車OEMと消費者双方に向けた優遇施策が数多く存在する。

中国BEVメーカーは、国を挙げてBEV普及を目指しているノルウェーを海外進出の試金石として、欧州におけるユーザーの嗜好や事業環境を把握してから他の欧州諸国への販売網拡大を図る戦略を採っている。

欧州市場における中国BEVメーカーの成功の鍵(KSFKey Success Factor

 
自動車OEMにとってメルセデスベンツやBMW等のプレミアムブランドの本拠地である欧州への新規参入・市場開拓は決して容易ではない。その中で、中国BEVメーカーはデザイン性の高さと充実した車載ソフトウェア機能、そして充実した機能に対してより安価な価格設定での市場拡大を図っている。

①コストパフォーマンスを徹底的に意識した価格設定
・欧州市場に進出している中国BEVメーカーは、必ずしも低価格帯の車両セグメントのみを狙っている訳ではないが、欧州系OEMの同グレード帯では、より安い価格設定にしているため、欧州の消費者にとっては、かなりのお得感がある

②デザイン性の高さ
・近年、中国EVメーカーは車両デザインを重視するようになり、著名なデザイナーをヘッドハンティングするまでにエクステリア・インテリアのデザインにかなり注力している
・特に新興BEVメーカーは、Teslaに対するベンチマークを徹底的に行い、見た目では負けないことを常に意識している

③車載ソフトウェア機能(IVI(In-Vehicle Infotainment)、コネクティッド機能等)の向上による顧客体験の充実
・Alibaba、Baidu、Tencent等の中国のデジタル企業と連携し、車載ソフトウェアの共同開発を進め、豊富なデジタル機能と先進的なユーザーインタフェースを実現。また、欧州市場に対してもどのような機能が求められるのか、顧客の声を基に現地向けにカスタマイズすることも厭わない

日本自動車産業への示唆

 
翻って、足許で日本のNEV普及状況はいかがなものか。弊社ローランド・ベルガーが実施したグローバルの自動車産業の変化に係るマーケットトレンドスタディであるAutomotive Disruption Radar(ADR)によると、日本のNEV販売台数シェアと充電施設の数は中国、欧州の主要国と比べると大きく遅れを取っており、その原因・課題をまず明確にし、対策を早めに検討しなければならない。このままではBEVに関するグローバルスタンダード策定への発言権が弱まり、日系自動車OEMの存在感は下がる一方であろう。

これまで述べてきた中国のBEVの現状や中国BEVメーカーの海外進出戦略を踏まえた、日系自動車OEMへの示唆は大きく3つある。

1. 民間・政府主導での事業環境の更なる整備:更なるBEV普及に向けては充電設備が圧倒的に不足している。現在、NEV購入に対する補助金施策は存在するものの、BEV普及・充電設備拡充に対する自動車OEMに対する減税施策やマンションやアパート住まいの住民を対象とする充電装置の設置支援/ルール整備が明らかに不足している。

2. 海外進出を前提した製品開発の必要性:日本国内の環境整備を待っていては、日系自動車OEMのBEVシフトは遅れる一方であり、国内販売からを前提にしていては現状の遅れを挽回できない。例えば、中国BEVメーカーと同様にNEV先進国での販売を前提とした製品開発及び海外進出を加速させるべきではないか。NEV普及率の高い欧州諸国や、日系自動車OEMのブランドイメージが高いアメリカへ優先的に進出することが考えられる。まずは、日本国内で新製品を開発・販売し、海外進出する従来のビジネスモデルからの脱却が必要であろう。

3. 新たなデジタルデバイスとしての再定義:BEVの普及に伴い、消費者の車への認識が単なる移動手段から「移動するスマホ」へとシフトする傾向が垣間見られる。例えば、BEVの充電についてもガソリン車の給油とは全く異なる顧客体験となるはずである。そのため、車載ソフトウェア機能がより重視され、ガソリン車と比べた新たな顧客体験を実現するデバイスとして新たに定義するべきである。それを実現するには、国内の自動車OEM単独で進めるのには限界があり、国内のIT・デジタル企業との更なる連携は不可欠となるだろう。アメリカのGAFAMや中国のBATHのように、日本国内でのデジタルケイパビリティを集約し、連携していく方法を考える必要がある。

 

共著:呉昌志(プリンシパル / 東京オフィス)


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