持続可能社会の実現は全世界的な喫緊の課題となっていますが、その課題解決に向け、booost technologies株式会社はテクノロジーの力を活かしてカーボンマネジメント・プラットフォームなどの独自性のあるソリューションを提供しています。同社COOの大我猛とローランド・ベルガーのプリンシパルの横山浩実がサステナビリティ・トランスフォーメーションとESG経営について話し合いました。
<PROFILE>
大我 猛
booost technologies株式会社 取締役 COO
元SAPジャパン常務執行役員。1997年、日本オラクルに入社。ITコンサルティング業務を経て、経営企画を担当。その後、コンサルティングファームに参画し、M&Aによる企業統合コンサルティングに従事。2008年に世界最大級のB2Bソフトウェア企業であるSAPに入社。チーフ・カスタマー・オフィサー、デジタルエコシステム統括本部長などを歴任して、2020年に常務執行役員 チーフ・トランスフォーメーション・オフィサーに就任。大企業とスタートアップの共創事業、サステナビリティソリューション事業など複数の新規事業を立ち上げて統括。2023年1月、booost technologiesのCOOに就任。
横山 浩実
ローランド・ベルガー 東京オフィス プリンシパル
東京大学大学院工学研究科機械工学専攻修了。米系ITコンサルティングファーム、米系総合系コンサルティングファーム、欧系ソフトウェア会社を経て現職。行政機関や公共機関向けサービス提供事業会社等に対し、デジタル事業戦略、風土・組織改革、標準化を通じたコスト・ビジネスモデル刷新、業務プロセス改革及びシステム導入などのプロジェクト経験を豊富に有する。現在、デジタル庁のプロジェクトマネージャとしても勤務しており、行政サービス等のデジタル化推進の役割も担っている。
GHG対策のアメとムチ
持続可能な社会への貢献で、特に注目されるのがGHG(温室効果ガス)対策ビジネスです。booost technologiesはどのような考え方でこの領域に取り組まれていますか。
大我:CO2濃度増加によって引き起こされる地球温暖化は、ゲリラ豪雨・台風・干ばつなどの災害の増加、その結果としての食料危機など、様々な問題を引き起こします。CO2濃度を下げるためには、GHG排出量削減が必要なのですが、各企業がこれを進めるときには、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を1.0、2.0、3.0というステップで捉えるべきなんですよね。SX1.0は現状把握、2.0は改善の取り組み、3.0はその効果を示せる状態です。booost technologiesでは、まず第1ステップである現状把握や、第2段階の改善の取り組み時の分析を行うために、排出量の測定・可視化を行うソリューションなどを提供しています。
GHGプロトコルのうち、スコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)は、燃料・電力の使用量を見ればよいので、比較的把握が簡単なんです。でも、当然のことながらスコープ1、2だけではGHG排出量の削減の目標達成は難しい。そうなると、スコープ3(それ以外の間接排出)への取り組みが必須となりますが、これは、自社だけでなく上流と下流も含めたバリューチェーン全体の排出量を把握しなくてはいけません。booost technologiesでは、多くの企業が苦労しているこの部分をご支援する取り組みを行っています。
横山:GHG対策は排出量把握に加え、炭素除去なども直近のホットトピックですけれど、環境対策は全般、機会ではなくコストとみなされがちです。企業がビジネスとして成立させるためには、コストから機会に変えていくことが重要だと思うのですが、それにどう取り組んでいくべきでしょうか。
大我:これまでは経済価値が最優先にあって、環境価値や社会価値は2の次でしたよね。GHG対策もCSR(企業の社会的責任)の一貫としてやるべきものという捉え方が主流だったと思います。それが今は、環境価値の上に社会価値が成り立って、その上に売上や利益の成長の経済価値があるというスタンスに立つ企業が、ヨーロッパや北米を中心に増えてきました。環境意識の高い社員や投資家、更には消費者も増加する中、マルチステークホルダーの便益を考える必要があり、それによって企業行動が変わってきていると感じています。
ただ一方で、環境価値や社会価値は見えづらいので、見えない以上、当然のことながら今までの経済指標である売上や利益に基づく判断をしてしまいがちです。そこで先進的な企業は、環境価値や社会的価値について、インパクト(効果)の観点から定量化することに取り組んでいます。そうすると企業は、経済価値、環境価値、社会価値の3つの足し算で真の企業価値を示せるので、変容した企業理念に沿って意思決定ができる。そういった流れで環境価値はビジネス機会に変えられると我々は考えています。
横山:我々も経営コンサルティングをする中で、お客様である企業の価値に対する意識が変わり、その先の消費者が変わってきていることを感じています。多くの会社でモノ売りからコト売りへのビジネスモデル変革が起きていますが、大我さんのおっしゃったように、経済価値という刹那的、消費的な発想だけでは持続可能ではない。企業がGHG対策を機会とし、価値増大に取り組む、そんなプラスのサイクルで回せるように支援したいですよね。ただ一方で、そういう意識を持てない目先のことに注力しがちな企業に対して、コストだとしてもやらないといけないと強制することも必要でしょうか。
大我:アメとムチのように、私は両方とも必要だと思いますね。アメというのは、企業が機会を能動的に見つけることをサポートするやり方です。前述の通り、マルチステークホルダーからいろいろなプレッシャーを受け、環境面への取り組みを強める企業も増えてきていますから。但し、全部の企業がいっぺんにそうなるわけではなく、当然、タイムラグが発生する。だから、もう一方でムチが必要です。排出量をコントロールするために、炭素税をかけたり、排出権取引を促したりするようなことが今後求められてくると思います。
事業成長のKPIを見直して消費者意識に働きかける
アメリカ、欧州、中国の各国と比べて、日本は持続可能社会への取り組みは遅れがちです。その背景はどこにあるのでしょうか。
大我:確かに、日本の動きが遅れていることは否めません。これは、消費者の意識にも関係あると思っています。たとえば、環境に良いけれども値段が高いものと、環境に悪いけれども値段が安いものがあったら、どちらを選ぶか。まだまだ日本では後者を選ぶ人は多いですよね。一方で、海外の同僚と会話をする中でも、日本人と比べて一市民としてサステナブル意識がすごく高いと感じていました。
横山:加えて、米国のようなグリーンテックへの投資の仕組みが日本で機能していないことも一因かと思います。持続可能社会をビジネス機会と捉え、環境投資の意識を高める必要があります。海外に比べると日本は保守的な傾向があって、結果として、失われた20年間、経済成長を果たせず、アジアの中ですらどんどん地位が下がっています。これを解消するためには、投資側もサービス提供側もマインドチェンジをして、スタートアップがリスクを管理しながら活動でき、世の中に価値を与えられるようにする。それが、日本社会が大きくなるためのポイントだと思いますし、それに対して国も支援すべきですよね。そして、環境価値に対してより鋭くインパクトを与えるのは、これまでなかった新規事業を提供できるスタートアップの皆様ではないかと期待しています。
大我:そうだと思います。今まで企業価値を評価するときは経済価値である売上や利益などを指標としていました。これからの社会では、環境負荷軽減へのインパクトである環境価値や社会課題を解決する社会価値をどう測るかも1つの論点ですし、それを投資の基準に使えるのではないかと考えています。実際に、環境価値として、スコープ1、2、3のGHG排出量だけでなく、例えば将来に向けたGHG削減貢献量も1つの指標とすべきだという検討もされているんですよ。
エコシステムでのマッチングによるイノベーション創出
サプライチェーン全体で社会価値を高めるためには、いろいろなプレイヤーが一緒に協力してつくりあげるエコシステムも重要と考えられています。
大我:社会課題はどこかの1社が単独で解決できるものではないため、エコシステムはとても重要と考えています。エコシステムは、官主導や民主導、あるいは、リーダー企業が参加の企業を集めて連携するやり方など、いろいろありますが、その多様性を生かすのが良いと思っています。そして、さらにエコシステム同士が連携し、エコシステム・オブ・エコシステムズが機能すると、取り組みは加速度的に成果を出せるのではないでしょうか。我々もエコシステムを広げることを考えていて、2月末にSustainability Leadership Community(SLC)を発足しました。。企業の実務者がお互いのベストプラクティスを学びあい実務をどのように変えていけるかを共有し、サステナビリティに関する広範なリテラシーを共に高め合える場を作っていこうと思っています。
横山:我々は経営コンサルの立場から、エコシステムをどのようにビジネスに生かせるかであったり、エコシステムをどのように活性化させ各社に還元させるかであったりのご支援をすることも多いです。Sustainability Leadership Communityは、異業種を組み合わせるエコシステムになると思いますが、どのような人がどのようにつながると、相互が理解しあい、各社がその学びを自社に適用できるのか。さらには日本らしい持続可能な環境を次世代のために維持することを目指すエコシステムとして、どのような価値を狙いに行くのか。booost technologiesとして、このような観点から狙っていきたい形はありますか。
大我:Sustainability Leadership Communityにおける価値創造は、いくつもの解があると思っていますが、オープンイノベーションが生み出されるエコシステムにしたいと思っているんです。オープンイノベーションでは、いろいろなバックグラウンドの方が集まり、組み合わせの議論を通じて、新たなる価値を生みだしますよね。Sustainability Leadership Communityでは、各社の持っているものをどう組み合わせたらいいかを、多角的な目線で仮説を作って進めることで、相性のマッチングを高めることができるのではないか、その結果、飛躍的なイノベーションを起こせるのではないか、そんなことを目指しています。booost technologiesの目線ですと、創業から培ってきたテクノロジーを掛け合わせるという観点での仮説が立てられそうです。
横山:経営コンサルティングにおいては必ず仮説に基づき検討を進めますが、テクノロジー目線で仮説を立てた結果の組み合わせは、ピュアなビジネス目線の仮説と少し違ったものになると思いますし、各社の優位性を生かした価値創出ができそうですね。Sustainability Leadership Communityでは、GHG排出量削減にとどまらないイノベーションも生まれ、私たちが持続可能な環境の実現に向け何ができるかという本質に少し近づけるのではないかと、お話をうかがっていて期待が高まっています。
民主化されたテクノロジーがバリューチェーンを見える化できる
測定や可視化においてはデータ活用が肝となります。その観点で、テクノロジー企業はどのような役割を果たせばいいとお考えでしょうか。
大我:我々の明確な役割は、各社のGHG排出量の削減に貢献していくことであり、そのためにはSX2.0を支援したいと考えています。削減を目指すときの見える化は、当然のことながら開示を目指すときの見える化のレベルを超えたものが必要です。開示のためには排出総量が出せればいいですけど、それでは排出源を特定できないですよね。削減のためには、ビジネスの問題点を発見するのと同じで、適切に細分化してデータを可視化し、原因を特定しないといけない。
原因特定のためには2つの軸での細分化が重要となります。1つはバリューチェーン軸です。4月にリリースする弊社プロダクトの「booost Supplier」は、バリューチェーンのサプライヤーが直接、スコープ1、2だけでなく、スコープ3を正確に入力できるものです。これにより、バリューチェーン全体が正確につながりますので、各社がどこを削減できるのかが見えるようになります。もう1つの軸は、更に詳細な活動に落とし込んだ見える化です。こちらについては、見える化を行うプロダクト「booost GX(旧ENERGY X GREEN)」を使用しますが、たとえば生産過程で、これまでは工場別で電力使用量を見ていたところを、ライン別、工程別の実測値を見える化します。こうすることで、より具体的な削減方法について検討できるようになる。我々は、その両軸を組み合わせ、より効果的な削減の検討を可能にすることを支援したいと考えています。
横山:今はデータを断面ではなく流れで見る重要性が増していますよね。すなわち、トレーサビリティ(追跡可能性)、トランスペアレンシー(透明性)が求められています。データの合計値や最初と最後の差分だけを見る世界から、1つ1つの活動を捕捉しバリューチェーンをつなげられるようになっていますよね。見せかけのエコ活動を指す「グリーンウォッシュ」という言葉がありますが、ある側面でGHGを削減できても、別の側面では増えているかもしれない。あるいは、自社だけが下がっても、それはバリューチェーンの別の場所に移っただけかもしれない。そういう偽物のGHG対策を排除し、バリューチェーン全体での正確な見える化が必要になっていますので、データはAPIなどでつながることが必要不可欠であり、テクノロジーの民主化の貢献は大きいと感じています。
大我:そうですね。我々も各社がSX2.0にとどまらず、SX3.0の実現に向け、非財務情報の全般的な意思決定をするための、あるいは、サステナブル経営を進化させるためのソリューションとして「booost Sustainability Cloud」というプラットフォームを提供していきます。民主化されたテクノロジーだけですべてが解決できるわけではありませんが、何かが起爆剤が必要で、我々は1つの牽引役になりたいと思っています。そこにエコシステムやコミュニティが加われば、より実現性が増すのではないかという思いで取り組んでいます。
差別化領域を変えることによるビジネス機会拡大
横山:先日、環境省の方と話をしていてまさに日本らしい話だな、と思ったのは、日本は縦社会なので、そこを打ち破りどう横につなげていくかが課題になっているという点です。booost technologiesはグローバルをリファレンスモデルとし、標準化の観点からも貢献されていますが、水平連携と垂直統合という観点で、今後は何がポイントになると思いますか。
大我:欧州の自動車産業の取り組みであるCatena-Xが1つのリファレンスモデルになると思っています。Catena-Xは水平連携で、標準的な仕様で企業間がデータのやり取りを行います。GHG排出量は、誰に公開するかを決めたうえで、それぞれがPtoP(ピア・ツー・ピア)でやりとりしますので、サプライチェーン全体の行動を捕捉できます。このような業界標準は官が主導し整備することが普及することには効果的です。
なお、当然ながら水平連携は時間がかかるため、サプライチェーン上流の1社が他のサプライヤーに働きかける垂直型連携モデルから始めることも過渡期には必要なことです。垂直連携モデルが同業種で展開されることで、相互につながる世界が実現できるのではないでしょうか。
横山:我々がコンサルテーションをする際には、企業が競争力を磨くためにはどこを標準化に合わせ、どこを差別化するかを検討することが多いです。相互につながる世界では、プラットフォーム上で標準化したデータを管理する必要がありますが、各社が競争領域でビジネスを行うためにはアクセス権の管理が不可欠となります。
大我:持続可能社会に向けた製品戦略では、これまでの競争領域と差別化領域の考え方が変わってくると思っています。たとえば、消費財メーカーはこれまでパッケージの形状や素材で差別化し消費者にアピールしていましたが、サステナビリティを考えると、単一形状、素材にし再利用できることが業界としての標準化領域になります。その結果、差別化領域はラベルや中身に限定されます。このような、競争領域であったパッケージが協調領域となり、より限定された領域で差別化を行うといったパラダイムシフトが起きています。
横山:環境価値、社会価値がどう変わり、消費者ニーズがどう変容するのか、それを予測することが重要ですね。今、企業のトランスフォーメーションを支援する際には、金の生る木である事業を数年後には大幅縮小することを提案することもあります。価値やニーズが急速に変わっていく中で、競争領域を協調領域として捉えると同時に、新たな標準を定めたり、更には未開拓の領域を競争領域として発掘する観点が強く求められていると感じています。
ESG全項目での3.0を目指しての経営判断
GHG対策ビジネスはESG(環境、社会、ガバナンス)でいうとEの話ですが、その先のSやGへの広がりも考えられますか。
大我:企業がマネジメントしなければいけない領域は拡大しています。Eの領域でもGHGを超えて水資源や空気汚染など自然資本が管理対象となりますし、Sの領域も、人的資本経営に加え、ビジネス人権、労働搾取、児童労働も大きなトピックです。
先ほどお話したように、SX3.0の実現に向け、非財務情報の全般的な意思決定をしていく必要があります。SXは段階を踏んで進めていくことが重要なんですけど、最初から全体の拡がりを見据えて進めるべきと考えています。将来的に企業がESG全項目で3.0を目指すために今何をすべきか、GHG対策を行う際の気を付けるべきポイントだと思います
横山:将来的な全体最適を実現するためには、エコシステムがとても重要になりますよね。各社が自社の優位性を生かして手を組みながらビジネスを活性化し、更に組み合わせによりイノベーションを生み出し社会課題を解決していく。会社によって様々な切り口により、地球市民として持続可能な社会を目指していく。経営コンサルでは、各社に対し将来像の具体化や、そこからのバックキャストにより優先取り組みを具体化することを支援したりしますが、マネジメント対象の広がりも十分加味すべきと感じています。
大我:GHG対策にとどまらないESG経営に向け、弊社もエコシステムを牽引していきたいと思います。