企業は営利活動のための組織という根本はありながらも、現在はさらに「社会課題の解決」の役割を果たそうとする動きが増えている。理由はさまざまあれど、たしかにこの両者を実現できるのであれば、官民が共創し、未来につながる持続可能社会の実現が可能となる。
私自身も、社会課題の解決への意識から、キャリアを形成してきた経歴がある。公共機関向けITコンサルティングに従事した時代、グローバルソフトウェア会社での公共向けグローバルソリューションの導入を企画推進した時代双方で、我が国の公共サービスのデジタル化、高度化の一端を支援してきた。これらの経験を活かして、「一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造する」ために設立されたデジタル庁の立ち上げのタイミングから、非常勤の民間デジタル人材としてこのミッションの達成に向けて勤務しており、同時に、弊社ではデジタルを用いた企業変革などの経営コンサルティングを行っている。
本稿では、このような私の経験に基づき、企業の在り方と社会課題解決の双方を考えるうえで、とても有用な考え方である「サービスデザイン」を紹介させていただきたい。
「サービスデザイン」は企業の在り方を問う方法論
日本は戦後、革新的な技術の導入やそれに伴う投資の増加、産業構造の変化によりいわゆる高度経済成長を実現し、物理的には「豊かな社会」となった。しかし、1990年代以降は「失われた30年」とも呼ばれるほど経済の長期低迷を続けている。その間に社会構造は複雑となり、グローバル競争や多様な価値観への適応といった観点も加わった。今日において重視されているのは、社会課題を解決し、本当の意味での「豊かな社会」を作っていく産業政策である。
企業も、社会のニーズにきめ細やかに対応し、事業を継続することが求められるようになってきた。短期的な営利だけでなく、CSR活動を超え、世の中への貢献を経営目標とする企業も多くなっている。欧米企業を中心にESG経営に対する意向が強くなり、新型コロナウイルス感染症を経た今、その傾向は顕著である。
これらの背景を踏まえ、企業や事業の在り方を問ううえで参考とできる方法論が「サービスデザイン」なのだ。
サービスデザインの価値
経済産業省では、サービスデザインを「顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための⽅法論」と定義している。
多様化した時代において、「社会のニーズ」はサービス提供者側の都合だけでは捉えきれない。そこで大切になるのは、サービスの利用者や消費者といった「顧客」からの観点であり、得られる「体験」を向上させることにある。起きている課題に対して、ルールや条件に照らして対処するのではなく、それに困っている人に着目し、よりよい感情を持てるような体験を提供することが大切なのだ。そして、サービスデザインは「顧客体験」を、いかに組織的に提供し続けていくのかを設計するための方法論である。
これはビジネス一般だけの話ではなく、社会課題の解決についても同様といえるだろう。社会課題の解決にサービスデザインを用いる際には、下記のような工夫が有用となる。
・より広い目線で関与者を定義、分析する
・「関与者の行動や考え(カスタマージャーニー)」を起点として業務を定義し、アプローチする対応策を検討する
・「フォッグ式消費者行動モデル」などを取り入れ、深層心理に基づく判断、感情ベースの行動に対しても考慮する
・様々な関係者が協業し、それぞれの優位性を組み合わせる形で対応策を実施する
これらの工夫を施すことで、社会課題の真因を探り、困難に直面している人に手を差し伸べ、効率性のみでは判断できない将来起こりうるリスクを軽減することが可能となる。
デジタルの貢献
これらの工夫を効果的に実施するためにも、デジタルデバイスやサービスの活用は欠かせない。人の体験も含めた多様なデータ収集・管理、リアルタイムな情報を取得・共有、様々な関係者の協業、トライ・アンド・エラーによる改善サイクルの実施などを効果的に行えるためだ。
インターネットやモバイルデバイスが普及している今日においては、デジタルの活用はUI/UX改善の前提になっているともいえるだろう。
AIやクラウド、IoTなどの先進技術がビジネスに活用できる状況では、社会課題の解決においても、状況の可視化・共有に基づく予測と働きかけなど、デジタルの果たす役割は大きくなっている。
また、提供者にとっては、デジタルを実装する方法論も変わりつつある。かつてのウォーターフォール型ではなく、柔軟かつ迅速な仮説検証をもとにして要求にアジャストさせるアジャイル型のアプローチにより、価値の提供速度・品質を高めることができるようになっている。
加古川市の地域社会での見守り
ここまで書いてきた、社会課題の解決、サービスデザイン、デジタルといった要素を取り入れた兵庫県加古川市の実践例を紹介しよう。
地域の安全を守る手段として、防犯カメラは有効であるとされる。被撮影者のプライバシーを考慮した運用は前提となるが、さまざまな恩恵があるためだ。たとえば、多数の映像をリアルタイムで撮影・記録できるため、犯罪の抑止も期待できる。さらには、社会的弱者の記録は、より積極的な行動サポートを可能にする。
加古川市では、防犯カメラを「見守りカメラ」と位置づけ、一定間隔で端末情報を発信する「ビーコン」の電波を受信できる「ビーコンタグ検知器」を内蔵させた。それにより、子どもや認知症患者といった行方不明となる恐れのある人の位置情報履歴を、保護者やご家族に知らせる「見守りサービス」を提供しているのだ。
サービス提供に当たっては「市民の安全・安心」は地域社会全体での見守りによる実現が重要であると捉え、市民とのオープンミーティングを実施。行政の一方的な取り組みではなく、市民による理解を双方向で確認しながら実現するように工夫した。
また、このような取り組みに対し、2020年10月より能動的に意見を交換するプラットフォームとして「加古川市版 Decidim」も運用している。Decdim(ディシディム)とは、市民参加型の合意形成プラットフォームであり、オンライン上で市民と行政が対話しながら社会課題の解決を図るべく活用される。カタルーニャ語の「我々で決める」に由来しているように、スペイン・バルセロナ市などの欧州を中心に幅広く利用されている。
加古川市でも、「加古川市スマートシティ構想」を策定する際の意見収集を契機に、様々なテーマでの意見収集や提案検討に用いられている。
市民との協働においては、全てをオンラインで完結させず、オフラインも融合させているのも特徴だ。オンラインで収集した意見をオフラインのワークショップで深堀りするほか、施設の愛称募集においてはオンライン投票に加えて市内各地でシールによるオフライン投票を組み合わせるといったように、市民が状況に合わせて参加できるような仕組みとしている。
これらの施策を推進しているスマートシティ担当課長の多田功氏は、加古川市の取り組みの価値を以下のように話す。
“スマートシティは社会全体にテクノロジーを導入することを目的とするのではなく、市民目線でどういったメリットを生み出し、社会課題を解決できるサービスを実装できるかが重要です。
加古川市が推進している様々なスマートシティ施策は、地域課題を解決するために実施してきているものです。市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim」は、地域をよりよくするための意見やアイデアを集めており、様々な世代の方からの参加が実現できています。
「スマートシティ=便利なまち」ではなく、便利だから幸せになるものでもありません。地域に住んでいる人たちの意見をしっかり聴きながら、一緒にまちづくりを行っていき、「市民中心のスマートシティ」の実現を目指していきたいと考えています。”
公共機関の責務である「市民の安心・安全」は、プライバシーの問題と裏表になるため、得てして「機密データをどのように管理して、分析するか」という機能面に着目されがちだ。また、安心・安全面からよりケアすべき「社会的弱者」に対しても、法制度的な縦割りに区切って対処方法を検討するという方法論を用いるケースも少なくない。加古川市の取り組みは、社会課題を「見守り」というハイレベルなものに昇華させ、市民目線での包括的なメリット・価値を定義して施策を考えるという「サービスデザイン」を取り入れている。
また、デジタルの力を有効に活用し、詳細なデータをタイムリーに取得したり、市民参画を基本とする双方向コミュニケーションを活かしたりもしている。これらの結果、複雑化する社会課題に対して、市民ニーズに合致し、市民自らも課題解決に参加できる仕組みを実現している点に、多くの学びがあるといえる。
サービスデザインの利用に向けて
以上のように、企業経営、ビジネス推進、社会課題解決等様々な場面でサービスデザインの力を最大限に活用することが重要となる。この際には、前例踏襲の思考からの脱却や、適切な将来像の見極め及びバックキャストの発想からの打ち手の整理、多様なステークホルダーの目線からの判断など、デザインをビジネス・経営の観点から取り組むことが求められる。
ローランド・ベルガーは、「アントレプレナーシップ」、「エクセレンス」、「エンパシー」の3点をコアバリューとして組織文化を築いており、ビジネス・経営目線から、多様性を活かした持続可能社会への価値創造に向けて、多数の「デザイン」実践プロジェクトを支援してきている。
これまでの経験と知見のもと、様々なクライアントと共に、社会課題の解決や企業経営の変革をより一層推進していきたいと考えている。